また大きな情報漏えいのニュースが流れてきた。この手のニュースを見るたびに、他人事ではないという緊張感と、どこか慣れてしまった自分への違和感が同時に湧いてくる。
報道されるインシデントの多くは、原因を辿ると特別高度な攻撃というより、地味な設定ミスや古いシステムの放置であることが多いという印象がある。自分たちのシステムでも、レガシーな部分の棚卸しをするたびに、似たような火種がいくつも見つかる。派手な脆弱性より、こういう地味な穴のほうがよほど怖い。
攻撃側の分業化
ここ数年で気になっているのは、攻撃する側が明確に分業化・産業化してきていることだ。脆弱性を見つける役割、侵入する役割、身代金交渉をする役割が分かれているという話を聞くと、もはや個人のいたずらというレベルではなく、一つの経済圏として成立しているのだと感じる。
防御する側としては、完璧な防御は不可能だという前提で、被害を最小化する設計に頭を切り替える必要があると思っている。侵入されないことを目指すだけでなく、侵入された後にどれだけ早く気づき、どれだけ被害を限定できるかという発想の方が、今の時代には現実的だ。
社内向けの啓発活動にも変化があった。以前は「怪しいメールを開くな」という注意喚起が中心だったが、今は生成AIを悪用した巧妙な詐欺メールや、音声を模倣した詐欺電話への注意喚起も加わった。技術の進歩が、防御側だけでなく攻撃側の表現力も底上げしているのだと痛感する。
個人的に気をつけているのは、パスワードの使い回しをやめることと、重要なアカウントには多要素認証を必ず設定することくらいの、地味な基本動作だ。派手な対策より、基本を徹底することのほうが結局は効くというのは、セキュリティに限らず仕事全般に通じる教訓のような気がしている。
インシデント対応の訓練にも参加している。実際に手を動かして初めて気づく手順の抜けや、連絡系統の混乱は多い。頭で分かっているつもりのことと、実際にできることの間には、思っている以上の差があるというのを、訓練のたびに痛感させられる。次の訓練までにマニュアルを見直そうと毎回思うのだが、日々の業務に追われて後回しにしがちなのが正直な悩みだ。
セキュリティのニュースは、正直あまり気持ちの良いものではない。それでも目を逸らさずに追い続けることが、自分たちのシステムを守る第一歩なのだと思って、今日もいくつかの記事に目を通した。