2026年6月19日金曜日

リモートワークとオフィス回帰、揺れる働き方

週何日出社すべきか、という話題はもう何年も業界を賑わせている。うちの会社も例に漏れず、フルリモート推奨だった時期から、今は週2〜3日の出社を求める方向に振れた。周りの会社を見ても似たような揺り戻しを経験しているところが多いようだ。

個人的には、リモートワークそのものには恩恵を感じている。通勤に使っていた時間を料理や読書に充てられるのは正直ありがたい。集中して設計に取り組みたい日は、家で作業したほうが捗ることも多い。

失われたのは何だったのか

それでも、完全リモートの時期を経てから振り返ると、雑談の中で生まれるちょっとした気づきや、隣の席の会話から拾える情報が減っていたのは事実だと思う。会議の議題には上がらないが、後から効いてくる類の情報共有は、オンラインの仕組みだけでは代替しきれなかった。

オフィス回帰を進める会社の説明を見ていると、生産性データを根拠に挙げているところもあれば、単に不動産投資を回収したいだけに見えるところもある。理由が透明でない出社方針ほど、現場の納得感を得にくいのではないかと感じる。

もう一つ見過ごせないのが、住む場所の選択肢との関係だ。フルリモートが前提だった時期に地方へ移住した知人が、出社方針の変更で通勤圏内への引っ越しを迫られたという話を聞いた。会社の制度変更が、個人の生活基盤にまで影響を及ぼすというのは、あらためて重い話だと感じる。制度を決める側は、この種の副作用まで含めて考えているのだろうか。

マネジメントの立場からすると、評価の難しさもよく話題に上る。出社していれば頑張っている様子が見えるという単純な話ではないはずだが、無意識のうちに「見えている時間」を評価に反映させてしまう管理職は少なくない。この評価の歪みをどう補正するかは、出社方針そのものより根深い課題だと思っている。

子育て中の同僚にとっては、出社日数の増減がそのまま生活設計に直結する切実な問題だという話も聞く。独身の自分には見えにくい負担があることを、意識して想像するようにしている。制度の議論をするときは、自分とは違う生活状況の人の視点を欠かさないようにしたい。

結局、働き方の正解は業種やチームの性質によって違うのだろう。自分としては、集中作業はリモートで、議論や意思決定が絡む場面は対面で、という使い分けが今のところしっくりきている。制度がどちらに振れても、この線引きだけは自分の中で持っておきたいと思っている。

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